Infinity recollection

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神のゴミ箱 (メディアワークス文庫) [感想]

神のゴミ箱 (メディアワークス文庫)

 

夏って怖い。夏休みって怖い。学生の夏休みって怖い。大学生の夏休みなんて最上級に怖い。羨ましいほどに何もしない。ちょっと不思議が起こるけれど基本何もしない。何でこんなに何もしていないのにキラキラ輝いて見えるのか。ただただ、青春という日々を過ごしていく、正確には青春の残りを惰性していくことが楽しそうなのか。主人公は主人公という例に漏れず本当に良い奴でお人好しなので、そこまで付き合わなくても良いであろうアパートの住人たちに首を突っ込む突っ込む。驚きなのは、本作の始まりから顔見知りではあったものの一年間ほど「顔見知り」という期間であったにも関わらず深く関わっていけるところだろうか。問題を明確に解決するというわけではないのだけれど、主人公が行動することで言葉を交わすことでアパートの隣人たちの悩みや葛藤が和らいだり、少しだけ先が見通せるようになっていた気がした。その風景がコミカルに描かれていくものだから、何だかそこに住みたくなってしまう。作品の中に溢れている雰囲気がともて暖かくて柔らかいのですよね。シリアスはあるのだけれど日常でコミカルさをしっかり描いてくれますし、失恋から生まれ変わった主人公が神の名前に相応しく寛容だからなのかな、全てが優しく包まれていく感覚になる。

 

アニメでも舞台でもいいのだけれど、視覚化したら面白そうな作品ですよね。登場人物が暴力的で可笑しく可愛らしい所謂ところの個性的であることは作品の型として標準装備なのだけれど、読んでいて映像のカット割りを想起させられるほどに地の文と台詞が上手い具合に回っていくので、読んでいて飽きないのですよね。台詞ではこう言っていて地の文の説明はないけれど、キャラクターの行動はこうだよねだとか。主人公の独白から比内の突飛な行動が描写されることで、素早くカメラが切り替わるが如く映像を想像させる。アニメ化しないかな。難しいかな。難しいだろうね。シャフトさんみたいなコマ割りを想像しながら読んでいたのですがね。

 

本作は誰かが捨てたゴミから始まった物語なのだけれど、たまたま神が拾ったことで繋がっていく。誰かが諦めて捨てたものは、もしかしたら何かの切欠になるのかもしれない。それは自分かもしれないし他人かもしれない。ゴミ箱がどうして他人のゴミを転送してくるのかは分からないけれど、そんな悩みこそゴミ箱に捨ててしまえばいいのかもしれません。続き楽しみです。

 

 

俺の教室にハルヒはいない (4) (角川スニーカー文庫) [感想]

俺の教室にハルヒはいない (4) (角川スニーカー文庫)

 

胃がキリキリと痛むような冷や汗かかされる恋愛模様には、胸を締め付けるどころか首を絞めてきて酸欠にされられたような錯覚を起こさせるこの物語。4巻にて完結なのですね。凄く残念ですし悲しいです。最近では珍しく、刊行されるのを心待ちにしていた作品の一つでしたのでまさか最終巻とは。7巻8巻辺りで完結だと思っていただけに、もっと話を読んでいたかったというのが正直なところ。売り上げ的な意味で打ち切りってことなんですかね。。。(本作ですらとなると、今後のライトノベルに憂い悲観してしまいますね)

 

ユウのやる気の無さも含めてどこか達観している部分や人に対して期待していないところなど、高校生離れして大人びているその様子にはどこかで理由が開示されるのだろうとは思っていました。それはシリーズ終盤になるのだろうなと。今回それを見透かしたように綺麗にユウという高校生の理由を入れ込んできてくれていて嬉しい反面、本当に終わるのだなと感慨深い気持ちになってしまいました。本作は同じくスニーカー文庫刊行の「サクラダリセット」と同種の雰囲気をまとった作品だなと1巻刊行時から感じていましたから、丁寧に丁寧に展開したら本当に面白い作品になるに違いないと。それこそ、作品の本質を描ききったときに真価を発揮する作品なのだと周りに言った記憶があります。それでも、4巻で完結ということで全てを詰め込んでいるのに破綻させずに物語を描ききった作者はやはり素晴らしいですし、上手かったですね。

 

俺の教室にハルヒはいない」1巻の感想で、ユウは普通の人間ではあるが普通ではないと書いた。彼には人の為に行動できるということだったり、相手を否定せずに肯定できる強さがあるのだと。けれど、ユウが拒否し続けてきた学園モノ作品には、それを遥かに凌駕するような、人が頑張れる範囲を大きく逸脱した力を持った登場人物たちが現れるわけで。否応なしに自分はユウ自身は普通なのだと気づかされる。ユウの人格形成に至った家族などを踏まえながら、ユウの歪で危うい価値観に触れ、始めからあった設定たちを綺麗に収束させていく手腕は美しいの一言でした。「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」俺の教室にハルヒはいない。そう涼宮ハルヒはいないのだ。いるのはただの人間だけなのだ。ハルヒは特別な力を持っているかもしれないが、ハルヒからすれば自分も含めてただの人間。だから、いつも退屈で憂鬱なのだ。けれども、誰かからすれば特別な人間かもしれない。それこそ朝比奈さんや長門な古泉にとってハルヒが特別なようにキョンにとってもハルヒは特別だろう。だったらユウだって誰かにとっては特別かもしれない。普通の人間かもしれないけれど、特別な人で大切な人、なのですよね。そんな一連の流れから「涼宮ハルヒの憂鬱」を初めて読んだ2004年を思い出させてくれた。

 

恋愛方面については賛否両論でしょうけれど、自分はこれでいいのではないかなと思います。誰かを選ぶとしたら個人的にはマナミさんを推しますが、カスガのいつまでも変わらない距離感には和まされましたし、神楽坂先輩も芯が強いなと。幸せになって欲しいから、誰もいないなら私でもいいかなって思うカスガの思考や、アスカさんがマナミさんであることを否定しちゃうだとか、キャラクター面では著者の持ち味で通しきっていて満足でした。

 

俺の教室にハルヒはいない (4) (角川スニーカー文庫)

俺の教室にハルヒはいない (4) (角川スニーカー文庫)

 

 

少女は書架の海で眠る (電撃文庫) [感想]

少女は書架の海で眠る (電撃文庫)

 

人が本を読むときというのは、どんなときなのでしょうね。一人になりたいからでしょうか。知識欲を満たしたいからでしょうか。ライフワークになってしまっていますかね。単純に暇つぶしなんでしょうか。むしろ何故人は本を読むのでしょうね。本を読んだからといって何でも出来るようになるわけではないけれど、本というものは著者によって様々な角度や物事の捉え方をしていますから、色々な人の思考の一旦を垣間見ることが出来て面白いですよね。

 

本作は「マグダラで眠れ」のスピンオフとして、書籍商を目指す少年フィルの物語が展開されるのですが、シリーズを読んでいなければ描写が分からないということはなく、むしろ「マグダラで眠れ」を読んでいる人が絶対に読むべきということもなく。世界観を共有している程度なので、商人と教会と宗教と異端といった中世の世界観が好きなのであればスムーズに物語に入り込めます。真摯に本が好きだという気持ちをこめて作られた作品だというのは、物語に込めれれた描写の数々からも伝わってくる。

ただ、ヒロインであるクレアとの会話が成り立つようになるまでは、ひたすらに主人公の独白で進行していく形なので、とにかく物語が地味で静かです。それこそ、作中で異端審問間のアブレアが読書をしているが如く埃も立たないような静けさ。錬金術や商売での逆転劇みたいな大仰な終盤がやってくるわけもなく、しっとり静かに本への夢や思いを語る姿には何となく納得。目録作りにしても本屋で背表紙を指差して眺めていくのが楽しいように、どんな本があるのかワクワクしながらフィルは作業したはずで、並び順の美しさに気づくもの本が好きだからだ。終盤、クレアの秘密にかけられた真実へと到達したときに家族の優しさと奇跡が見られたのは良かった。

 

 

文句の付けようがないラブコメ2 (ダッシュエックス文庫) [感想]

文句の付けようがないラブコメ2 (ダッシュエックス文庫)

 

頬の筋肉が緩むこと緩むこと。文章を読んでいてここまで身悶えるラブコメは文句のつけようがない。一巻のときから感じてはいたのだけれど、主人公である優樹とヒロインである世界の関係が何だか明治大正浪漫とでもいいましょうか。どこか古風な間柄や距離感がついつい背中を押してしまいたくなるのですよね。世界に関しては口調がまんま古風で変わっているわけですが、恥ずかしがりやだったり世間を知らなかったりする部分と儚い雰囲気が相まって大和撫子を思わせますし。優樹にしたって珍しいくらいに真っ直ぐで好きなものは好き嫌いなものは嫌いとキッパリ言い切れる男らしさがあるのが純然たる昔の日本人の雰囲気を感じるのです。それこそ世界に対して好きだとプロポーズしてしまうところや、おチヨさんとのやり取りでも冗談と言いつつ世界への好意を口に出来るところ。照れているのだけれど傍目には見せずに完遂するところが男ですね。

 

「見た目も可愛いし、仕草も可愛いし、考えていることも可愛い。可愛いものだけで構成されている可愛いモンスターです。なんなら結婚したいと思うくらいです」

 

作中では優樹が世界を表現するときの台詞に彼の優しさや愛しさが詰まっている。歯が浮くような台詞もあるけれど、それがいいのです。身悶えした後に胸を締め付けられるような何ともいえない感情の渦が生まれる。これは結末が分かっているからなのだけれど、二人が全力で恋をしていく様がひたすらに底抜けにポジティブに描かれていくものだから、読み手の心は憂愁な不安な気持ちに沈んでいくようでした。感情の落差に翻弄されます。

一巻では優樹が世界を救う側に回っていたのが鮮明でしたが、二巻では優樹の周囲も幸せではないことが明確に言及され表現されるので、むしろ救われていたのは世界ではなく優樹だったように映りました。優樹は自分のことをクラスに馴染めてないとか仕方ないとか明るく言いますが、彼にしても様々な葛藤があったことは想像に難くない。優樹も世界と出会うことで変われたのでしょうね。恋をしてしまうのも仕方のないことなのかもしれませんね。一目惚れだったのかもしれませんね。人が恋をする瞬間をというのを読ませてくる本作は中々に文句が付けられませんね。

では、次の後編を楽しみにしつつ。

 

 

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫) [感想]

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)

 

第21回電撃小説大賞<大賞>受賞作。

タイトルにある「ひとつ海」が示すように全ての陸が海に沈んでしまった青の世界で、主人公のアキが懸命に生きていく姿を描く、生きるとは何かを描く冒険譚。読み始めの印象はとにかく世界が青くて茹だる様な夏の暑さに顔にかかる潮風が感じられたので、思わずヨコハマ買い出し紀行を思い出しました。全てが海に沈んでいることから現代の技術は後退していて、ペットボトルの水が貴重だったり、調味料は基本塩だけとか、嗜好品が高価だったり、凄く前時代的ではあるのだけれど魅力はまさにそこにあって、どこか懐かしさを感じさせるSFが描かれていくのが好印象でした。

 

特に素晴らしかったのはアキの視点で語られていく世界の数々。海の描写などは地に足が着く現実感があって、単純な船の揺れに始まり塩辛い海、海水浴に行くくらいなら我慢できる潮風も船上生活では不快でしかないだろうなとか。無人浮き島でのサバイバルでの腐朽した木材の水を舐める描写の苦々しさと、視界に映りこむ足元や手先を這い回るフナムシ的な甲殻類・甲虫の気持ち悪さには肌がザワつきました。次はどうなるのだろうという手に汗握るのとは違って、じっとりと汗ばむワクワク感とでも言えばいいのだろうか。とにかく変な緊張感を楽しませてくれた。

心理描写の搦め手も面白くて。アキの視点で語られるので、田舎者のアキは基本的に世界を知らないですし常識がありません。故に常識をアキの価値観で判断して処理します。そこに生まれる齟齬がコミカルさを演出していて非常に魅力。物語のテーマは「生きること・生きるための戦い」なので葛藤や弱音もありながら、逆境や苦境や絶体絶命を乗り越えていくのでシリアスな雰囲気も多い中、調和をとるように差し込まれるアキの勘違いが良い味をだしている。逆にここまで鈍感や勘違いやポジティブ変換が出来る頭だからこそ、孤独な海を生きる海の男たるセイラーなのかもしれません。

また、過去の遺産として現代の物がたびたび登場するのだけれど、その使用用途や過去の常識が真逆の常識として世界に広まっているなどの遊び要素にとてもとてもセンスを感じる。言葉遊びも絡めた表現力の勝負なのだけれど、ビルデン礁など中盤で意味が理解できたときの衝撃は記憶に残るしセンスの塊。

 

著者近影で語られてもいますしラジオでも語られていましたが、著者は南国の島・海・森によく行かれるとか。そんな方だからこそ描けるリアルな船上描写や航用語、海の上からの景色でしたし、表現として選ばれている言葉からは語彙力も感じました。

ただ、終盤に物語を締めるにあたり駆け足になってしまったのは頂けない。ラストを盛り上げるための戦いの演出はやり過ぎに映りました。加えて、尺の関係上は仕方がないのかもしれませんが登場人物を増やすのであればもう少し丁寧な説明が欲しかったです。唐突に現れて理由を語られても疑問符だけが残ってしまいます。伏線を回収して描きたいところを詰め込みたいのは分かるのですが、率直に言うと世界観の広がりを数ページで失った気分になりました。確かに締め方だけで言うと詰め込んだ部分があるからこそ締めになるのだけれど、如何せんラストが悪目立ちしすぎる。気持ちよく読めていたのに、残念さが印象に残ってしまいます。ここは新人作家さんには難しい部分ですね。初シリーズの一冊目から分厚いなど聞いたことがないですし。

 

電撃文庫の大賞受賞作は一癖あるとよく言われますが(少なくとも自分の周りではそうですが)、本作品も恐らくそれに付随する作品となったはず。勘違いしないで欲しいのですが面白いです。欠点は終盤の締め方であって、他の部分は稀にみる読み手を作品に引き込んでくるタイプの面白さがあります。大賞を受賞することには納得ですし底力がある作品だとも想いますが、商業的には売れると思えないのが悲しいところでしょうか……。でも世界観と懐かしい雰囲気は好印象というかピンポイントで狙い撃ちされましたし、文章から感じる著者のセンスには驚かされますから大注目の作家さんには違いない。是非、読んでみることをオススメします。それでは皆様、ボン・ボヤージ。

 

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)