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Infinity recollection

ライトノベルを中心に感想を載せているサイト。リンク+アンリンクフリー。

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫) [感想]

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)

 

第21回電撃小説大賞<大賞>受賞作。

タイトルにある「ひとつ海」が示すように全ての陸が海に沈んでしまった青の世界で、主人公のアキが懸命に生きていく姿を描く、生きるとは何かを描く冒険譚。読み始めの印象はとにかく世界が青くて茹だる様な夏の暑さに顔にかかる潮風が感じられたので、思わずヨコハマ買い出し紀行を思い出しました。全てが海に沈んでいることから現代の技術は後退していて、ペットボトルの水が貴重だったり、調味料は基本塩だけとか、嗜好品が高価だったり、凄く前時代的ではあるのだけれど魅力はまさにそこにあって、どこか懐かしさを感じさせるSFが描かれていくのが好印象でした。

 

特に素晴らしかったのはアキの視点で語られていく世界の数々。海の描写などは地に足が着く現実感があって、単純な船の揺れに始まり塩辛い海、海水浴に行くくらいなら我慢できる潮風も船上生活では不快でしかないだろうなとか。無人浮き島でのサバイバルでの腐朽した木材の水を舐める描写の苦々しさと、視界に映りこむ足元や手先を這い回るフナムシ的な甲殻類・甲虫の気持ち悪さには肌がザワつきました。次はどうなるのだろうという手に汗握るのとは違って、じっとりと汗ばむワクワク感とでも言えばいいのだろうか。とにかく変な緊張感を楽しませてくれた。

心理描写の搦め手も面白くて。アキの視点で語られるので、田舎者のアキは基本的に世界を知らないですし常識がありません。故に常識をアキの価値観で判断して処理します。そこに生まれる齟齬がコミカルさを演出していて非常に魅力。物語のテーマは「生きること・生きるための戦い」なので葛藤や弱音もありながら、逆境や苦境や絶体絶命を乗り越えていくのでシリアスな雰囲気も多い中、調和をとるように差し込まれるアキの勘違いが良い味をだしている。逆にここまで鈍感や勘違いやポジティブ変換が出来る頭だからこそ、孤独な海を生きる海の男たるセイラーなのかもしれません。

また、過去の遺産として現代の物がたびたび登場するのだけれど、その使用用途や過去の常識が真逆の常識として世界に広まっているなどの遊び要素にとてもとてもセンスを感じる。言葉遊びも絡めた表現力の勝負なのだけれど、ビルデン礁など中盤で意味が理解できたときの衝撃は記憶に残るしセンスの塊。

 

著者近影で語られてもいますしラジオでも語られていましたが、著者は南国の島・海・森によく行かれるとか。そんな方だからこそ描けるリアルな船上描写や航用語、海の上からの景色でしたし、表現として選ばれている言葉からは語彙力も感じました。

ただ、終盤に物語を締めるにあたり駆け足になってしまったのは頂けない。ラストを盛り上げるための戦いの演出はやり過ぎに映りました。加えて、尺の関係上は仕方がないのかもしれませんが登場人物を増やすのであればもう少し丁寧な説明が欲しかったです。唐突に現れて理由を語られても疑問符だけが残ってしまいます。伏線を回収して描きたいところを詰め込みたいのは分かるのですが、率直に言うと世界観の広がりを数ページで失った気分になりました。確かに締め方だけで言うと詰め込んだ部分があるからこそ締めになるのだけれど、如何せんラストが悪目立ちしすぎる。気持ちよく読めていたのに、残念さが印象に残ってしまいます。ここは新人作家さんには難しい部分ですね。初シリーズの一冊目から分厚いなど聞いたことがないですし。

 

電撃文庫の大賞受賞作は一癖あるとよく言われますが(少なくとも自分の周りではそうですが)、本作品も恐らくそれに付随する作品となったはず。勘違いしないで欲しいのですが面白いです。欠点は終盤の締め方であって、他の部分は稀にみる読み手を作品に引き込んでくるタイプの面白さがあります。大賞を受賞することには納得ですし底力がある作品だとも想いますが、商業的には売れると思えないのが悲しいところでしょうか……。でも世界観と懐かしい雰囲気は好印象というかピンポイントで狙い撃ちされましたし、文章から感じる著者のセンスには驚かされますから大注目の作家さんには違いない。是非、読んでみることをオススメします。それでは皆様、ボン・ボヤージ。

 

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)

ひとつ海のパラスアテナ (電撃文庫)