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Infinity recollection

ライトノベルを中心に感想を載せているサイト。リンク+アンリンクフリー。

コロシアム (電撃文庫) [感想]

コロシアム (電撃文庫)

 

小学校や中学校のクラス編成では偏りが出ないようにバランスよく生徒を配分するのは良く知られた話だろうと思う。勉強が得意な子、運動が得意な子、クラスをまとめられる子、どんなクラスになったとしても予め生徒がバランスよく配分されているのだからクラスとしての機能を保つことが出来る。中でも最優先でクラスに振り分けられるのは「ピアノを弾くことが出来る子」であり、だからこそ音楽祭や合唱コンクールといった必ずある学校行事でピアノを弾ける子が居ないという事象は発生しない。子供ながらに何で必ずピアノを弾ける子がいるのだろうと疑問に思ったものだったが、大人の事情があることに気づいたのはかなり後になってからだった。本作では、そんなクラス編成の事情がかなり特殊に設定されている。――最優先は「自殺未遂に至ったことがある子」なのだ。何故? それが分かったとき、作品の中から湧き上がってくる生暖かい風に頬を撫でられた気がして、急に学校という閉鎖空間の気持ち悪さに思い至り真実に気づくことになる。最優先にクラスに割り振られるのは「ピアノを弾くことが出来る子」、けれどここでは「自殺未遂に至ったことがある子」が優先されている節がある。じゃあ一体僕らに何をやらせたいのだ。君なら表紙の登場人物たちの内、誰とコミュニケーションをとるだろうか。ランダムに決めるのも良いだろう。ならシリンダーを回してみようじゃないか。ロシアンルーレットのように。

 

原点回帰と銘打っているだけに土橋真二郎イズム全開でした。徐々にモラルが欠如していく世界。ヒロインをサポートしてフォローする主人公。自動販売機で売られるペットボトル水とビスケットのバランス栄養食。拳銃と弾丸とレーダー。コミュニケーションと言葉というキーワード。土橋真二郎先生の作品が好きな人間なら思わず「ああ」と納得してしまう単語から放たれる物語は、悪意に満ちたモラルが欠如した世界でありながらも美しく神秘的に映ります。感じ取るべき部分は「扉の外」や「ツァラトゥストラへの階段」から変わりないのですが、本作の方がより悪意と感情が直接的に描かれていくのでゲーム性よりは人間性を訴えてきていたように思います。故に、熱気を飲み込みすぎて胸焼けしたのは本作の方が強烈であり、対ストレス性を試されているような不快感と気持ち悪さに襲われる。これが薄ら寒さとかホラーの方面に昇華されればよいが、されない場合にはただただ不快な思いをすることになるだろうことは注意したい。

 

また、現代らしくスマートフォンをコミュニケーションツールとして作中に登場させているのだけれど、これがまた悪意をもって描かれているものだから怖い怖い。流れていく会話にどんな意味があるのか。時間の無駄だという表現を主人公はするけれど、まさに一理あって。大学のサークルとかはその例に漏れない気がします。色々と時間の無駄を感じるのですよね。もっとも現実はここまで極端ではないと信じたいし、少なくとも周囲ではそんなことはなかったように思う。「……あれ?知らないだけ?」加えて興味深かったのは、終盤に近づくにつれて公開される世界のあり方だろう。主人公たちが当たり前だと思っていることなので詳細に説明されなかっただけで、近未来的なその世界には読んでいて恐怖した。最後まで読んでみて一番恐ろしかったのは人間やら感情やらではなく世界だった。現実の学校という舞台から「閉鎖された特殊な空間」をキーワードに再構成された舞台は、エリート養成学校の皮を被った監獄でしかなかった。

 

恐らくはシリーズ物だろうから二巻が発売するのだろうが、第一次サバイバルは意味がないことが判明したところで大掛かりにどう舞台を動かしてくるのかは、とても楽しみ。

 

コロシアム (電撃文庫)